スポンサーサイト

  • 2017.02.20 Monday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:PARIS

 

フランスの陶磁器といったらセーヴル窯を思い出す人も多いかも知れませんが、実のところ、

蚤の市なので最もよく見かけるのは、リモージュ窯のものです。

そして、このリモージュ窯も、かつては王室御用達の陶磁器工房だったのです。

 

中央フランスのリムザンでカオリンを見つけたことによって、

1771年、リモージュ窯は初の硬質陶磁器を作ることに成功しました。

それまでの軟質陶磁器は、ナイフの跡などがついてしまうことで、この硬い陶磁器はとても人気がでました。

1773年にリモージュ窯を訪れた後のシャルル10世、アルトワ公(ルイ16世の弟君)は

お兄さんに対抗するかのように、リモージュ窯を自らが庇護することにしたのです。

これによって、リモージュ窯は、アルトワ公の窯と呼ばれるようになり、ヴェルサイユの王室で用いられる陶磁器の多くを作るようになるのです。

 

とはいえ、やはり世界にも有名な王立セーヴル窯を敵に回すわけにはいきません。

そういうことで、王は、リモージュ窯をセーヴル窯と合併させ、セーヴルの下請け窯とするのです。

これによって当時人気のあった実用品であるチョコレートポットやワインクーラー、グラスクーラーなどは、リモージュ窯で作られるようになります。

かつての王室御用達であったものの、リモージュ窯は革命後もフランス共和国に守り続けられ、

18世紀の型やデザイン画、そして技法はそのまま保管されました。

 

これによって、1986年、ベルナルド社が購入してもなお、王室御用達当時のすばらしい陶磁器を

そのままに、今に伝えることが可能になっているのです。

 

マリー・アントワネットが愛した矢車草の陶磁器は、もともとプロヴァンス公妃のために作られましたが、彼女が好んだことによってマリー・アントワネット好みとして知られています。

これも現在は、ベルナルド社で作り続けられています。

 

ただ、この文様は、19世紀になっても大変好まれたために、

アンティークの世界では、リモージュ窯のものだけでなく、

他の窯でも大変多く出回っています。

とはいえ、

アルトワ公の刻印が入ったリモージュ窯製のものの見つけることができるので、あえて、オリジナルを求めて、蚤の市散策をするのも楽しいでしょう。

 

そんな蚤の市で役立つ情報を、10・26の河合恵美先生のクラスではお話していただきたいと思っています。

 

http://www.antiqueeducation.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


モードとインテリアの20世紀展@パナソニック汐留ミュージアム

JUGEMテーマ:フランス

 

いつもインテリアやルオーにまつわる興味深い展覧会を開催しているパナソニック汐留ミュージアムは、わたしが好きな東京の美術館のひとつ。

今回も、20世紀を時代ごとに分けて、インテリアとファッションの分野から掘り下げていくという面白いテーマの展覧会を開催中です。題して「モードとインテリアの20世紀展」。

1900~1919は、アールデコと新古典主義の時代。

1920~1930は、アールデコとシャネルの時代。

1940~1959は、戦後すぐのアメリカとフランスの蜜月時代。

1960は、モダニズムの台頭といったように、、。

 

その時代の機運は、ファッションやインテリに如実に反映されているといった具合に。

 

それにしても、今回の展覧会は、島根県立石見美術館所蔵のコレクションでほぼ完成しています。

日本にも、こんなニッチで素晴らしいコレクションをしている美術館があることに驚かされます。

 

美しいバレンシアガのシルエットや、建築家チャールズ・ジェームスのスパイラルドレス。それにエルメスの水着の斬新さといったらありません。

女性の心をアップさせるこうした展覧会、とっても今時ですよ。

 

モードとインテリアの20世紀展

11/23まで

http://panasonic.co.jp/es/museum

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:フランス

 

フランスにおけるアジアブームは3回。

1回目は、1620年にフランス・東インド会社が設立され、アジアの陶器や漆といった工芸品、そしてお茶が輸入された時。

この時代、フランスで最も有名なアジア工芸のコレクターといったら、シャンティー城のオーナーだった

大コンデ公をおいては他にいないでしょう。彼は、この時代の人気商品「柿右衛門磁器」を大量輸入して、

自らのシャンティー窯で「柿右衛門写し」を製作させました。もちろん、この時代の磁器は、軟質磁器という柔らかいもの。

クリーム色の白地にブルーの陶器は、アジアブームに沸くフランスを熱狂させました。

そして、彼は、いち早く「漆」にも目をつけるのです。ただし、この時代はまだ日本の漆の輸入量は少なく、

漆といえば茶色がかった中国製やインドのコルマンドル製が一般的でした。シャネルものちにリッツの自分の部屋においた。そうそう、それがコルマンドルの屏風です。

 

そして、2回目が1750年を頂点にするロココ時代です。

この時代になると、日本のパーテーションがたくさん輸入されて、それをヨーロッパで作った家具の上にはることがブームになりました。ロココの曲線に沿うように、切ったパーテーションの上に熱くした砂袋を乗せて家具の曲線に合わせたようです。

そして、フランスは躍起になって漆細工を王立工房でも作ろうとするのです。

とはいえ、簡単にできないのが漆。湿気のないフランスで漆を固めるのは至難の技。ということで、マルタン兄弟が生み出したのが

その名もマルタン漆です。馬車にされ、小さな小箱にされ、マルタン漆はヨーロッパの王侯貴族を熱狂させました。

アントワネットが織物をおるときの糸巻き(ナベット)に漆を貼ってつかっている絵が残っています。

 

マリー・アントワネットは、1780年に母、マリア・テレジアがなくなって80個の漆の小箱を受け継ぎます。この小箱を飾るための家具をダゲールに依頼し、それを受けてダゲールがリーズネーに漆の家具を作らせたのです。この素晴らしい家具は、革命の足音が聞こえ始めるとすぐに避難され、現在でも存在しています。

 

この時代に愛されたのが日本の漆。その名も「ジャポン」です。漆黒で枯山水を描く日本の漆は、彼女が愛したネオクラシシズムの流行に非常に調和しました。この漆は、京都製とも金沢製ともいわれていますが、もとは将軍のための武具を作っていた構築的な金沢製のもののほうが、その時代の機運にあっていたはずともいわれています。

 

その後、アジアのブームは1800年後半の万博時代に再来します。

特に、イギリスのヴィクトリア女王が喪に伏したことで流行となった「黒」がフランスに渡って果然、モードな色となると、漆やジュエリー、ドレスの黒は空前のブームとなります。

フランスが常にモードの国であるように、フランスの「黒」は決してモーニングの色ではないのです。

 

20世紀になると、アイリン・グレーはじめとする時代を代表する有名デザイナーが再び漆に注目したり。

「漆」は、いつの時代もヨーロッパの人々を熱狂させるのです。

 

 

来週に控えている「マリーアントワネットも愛したフレンチ・シノワズリーのテーブルセッティング」は、

福田先生がお持ちのマリー・アントワネットテイストの漆の屏風を実際に用いて、

先生のセンス溢れるお茶会が楽しめる

参加型の講座です。

 

皆様のお越しをお待ちしています。

http://www.antiqueeducation.com

 

「マリー・アントワネットも愛したフレンチ・シノワズリーなテーブルセッティング」

10/12(水)19時から

下馬・福田先生ご自宅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:フランス

 

突然ですけど、皆さんは 泡のお酒好きですか?わたしは大好きです。ここでいうところの泡のお酒はビールではなくてシャンパンとか、ヴァンムースとかクレモン、スプモンテとか、ワインに泡がたってるお酒のことです。

フランスのレストランでは、まずオーダーをとりにきたボーイさんが、「アペリティフはいかがですか?Voulez-vous quelque chose comme l'apéritif?」って聞きます。これは定番。昼でも聞く。

で、わたしたちは、フツーに「はい、シャンパンください。Oui,une coupe de champagne,svp」ときには略して「une coupe」というわけです。英語だと、a glace of champagbeですね。泡のワイン好きな方、これ、定番。覚えておきましょ。

 

ところで、このcoupeって、知ってます?丸底のシャンパングラスのことです。

今、あんまり見ないですよね。でも、ちょっと前の日本の結婚式は必ずこれでした。

今は、どっちかというとfluteと呼ばれるコーン型を逆さにしたもの。

こちらが一般的です。

 

19世紀になって最初にできたシャンパングラスは

フルートグラスでした。でも、19世紀の後半から1960年くらいまではまったく人気がなかったそうです。

ひとつの理由は、これを飲み干そうとすると女性が首をぐっと伸ばして飲まなくてはならないでしょ。

これ、まったくエレガントでない。ベルエポック、そして、20世紀のアールデコくらいってどんどん女性が社会進出していった時代。

だからこそ、女性は強くなる一方で、男性化することに危機感を覚えて

女性が女性らしくいるためのアクセサリーやお化粧品がたくさん生まれたのかもしれないですね。

 

現代も、女性はどんどん強くなり、若さもお金で買おうとプティ整形したり、高い化粧品を購入したりする。なんだか似ていると思いませんか?

 

 

シャンパンは、1680年くらい、太陽王ルイ14世の時代に、ランスの修道院でドン・ペリニョンが作ったのが最初と言われています。

皆がこぞって磁器を生み出そうと躍起になった時代。フランスでは、マイセンに次いでセーヴルという王立工房が作られました。

そのせいもあってか、フランスのガラス工芸って案外遅れているんですよ。

シャンパンはあるけど、この時代のグラスはたった1個。今でいうとこの足つきのワイングラスのみ。

18世紀、アントワネット様の時代はさすがに、ひとりでひとつお使いだったでしょうけど、16世紀くらいまでは、普通の貴族のお金持ちでもこれを2〜3人で1個用いて使い終わるとグラスを洗って氷のなかで冷やせる、いわば「グラスクーラー」なるものを数人の間において分かち合っていたようです。この習慣は、アントワネット様の時代まで続いていて、シャンパンもワインも同じグラス1つで通していました。

4つも5つもグラスを並べるのは革命後の19世紀、ブルジョワジーの時代に生まれた習慣。この時代は、シャンパン(最初はフルートが一般的のようでした)、赤白ワイン、これもアルザス、モーゼル、ポルト、ボルドーまで様々で、これが富の象徴だったわけです。

 

シャンパンの泡が上にのぼっていくのは美しいと、「シャンペノワーズ」と呼ばれる足まで空洞で泡が昇る様子が見えるグラス(教室にあります。自慢です(笑))がありますが、本来、シャンパンの泡でゲップするのはとっても恥ずかしいことでした。

だからこそ、coupeという広口で泡がすぐに消えるグラスが登場して約100年間、大人気を博しました。

 

とはいえ、流行は繰り返すのが一般的。

 

1960年以降、「シャンパングラスはやっぱりフルート型よねえ〜」とう風になってきているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:フランス

 

1785年にマリー・アントアネットが時計工房「ルバン」に作らせたのは、女性が、天使「アムール」にバラの花輪を差し出しながら愛を懇願しているブロンズ細工の時計です。ロバンのサインと時間と時間を示す文字の間に、小さなユリの花の紋章がついた文字盤は、この時代の椅子の足と同じ、白い大理石の円柱についています。

その円柱を支えるのも同様に白い大理石で、これは王室を表す鷲とバラの花綱模様で飾られています。

 

女性の足元には本が。この表紙にもやはり百合の紋章が。これによって、この時計が王室のメンバーのために作られたことがわかります。

 

ただ、この置き時計は王室ではさほど特別なものではないそうです。というのも、実はこれと似たようは時計を、ルイ16世は彼の小図書室にもっていましたし、別の王家の家族ももっていたという記録がされています。しかしながら、王室以外ではもちろん非常に高価で特別なもので、1880年にミュンヘンのドミドフコレクションが売りに出しました。もちろん、百合の花の紋章はどこにもなく、おまけに、右側で鳩を抱えている天使「アムール」も内側ではなく外側を向いています。

 

このように、新古典主義の時代には、円柱、天使、花綱、などのモチーフはとても一般的でした。違いを見るにはブロンズ細工の精巧さと金の輝き。同じ金メッキでも王家のものと普通のものは厚みが違います。精巧につくらてれいるものは、輝き、そして、フィニッションが美しい。これは様々なものを見ることで養われていきます。

 

そして、王家のものには、必ずどこの城に納められたものかが記されています。T、TUはチュイユリー城のこと。すなわち、革命を逃れたこの時計は19世紀になってからナポレオン3世が暮らしたチュイユリー城に再び納められたのですね。きっと、マリー・アントワネットの再来と言われたユージェニー皇后が大切に用いたと想像できます。

 

ナポレオンが18世紀のブルボン家の栄華に嫉妬して2万点以上の家具を壊したこと。そして、彼が在位しているわずか10年足らずの間に250個もの置き時計を注文したこと。

すべて、自らの持ち物によってその権力と財力を誇りたいがためにしたことです。

こうした背景を知ることで、今なお市場に残るアンティークがなぜ、そこまで贅を凝らして作られる必要があったかが理解できます。

 

それを作らせ、所有した人に想いを馳せる。それもアンティークの楽しみのひとつなのです。

 

Le Châeau de Versailles rencontre le Mobilier Naional,quatre siècles de création

édition Flammarion

I.Bideau @GML9489,Paris Mobilier National

 

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット

JUGEMテーマ:PARIS

 

シャトーの部屋には必ずあり、そして、案外、話題に上らないアンティークのひとつにpenduleと呼ばれる置き時計があります。

 

静まり返ったシャトーのなかで、カチコチ、カチコチと響き渡る時計の音はとても素敵。

そういえば、わたしがフランスで一頭最初に暮らし、働いたブルターニュのシャトー・ホテルにも大きなゼンマイ時計「グランフドファーザー」があって、毎日、メートル・ドテルのレイモンがそれを巻いていたっけなあ。

そんな音って結構記憶にのこっていて、美術館などでさりげなく置かれている時計がきちんとした時間をさしていると嬉しくなるし、なんだか懐かしい気持ちになります。

 

東京の我が家にもロココ様式の陶器の時計がありました。

ある時、何かの拍子に父がぶつかってそれを割ってしまって。以来、母やアンティークマーケットに行くと素敵な時計をさがしていましたっけ。一度、ニースのオークションでせろうということになり、でも、どうしたんだか。

確か、落としても翌日引き取りにこれないということで急遽取りやめたんだったはず。

 

1点もののアンティークって、こうして思い出のなかで生き続けるんですよね。それが好き。

 

 

さて、置き時計。マリー・アントワネットの読書係の映画でも登場しましたが、

18世紀の置き時計はとても高価でした。

ですから、誰もがもっているわけではなく、王様、お妃様、そして、その両親や子供、そして兄弟くらいまでは各部屋にあったそうです。でも、そこから先の下級貴族だとサロンだけとか。外国からいらした迎賓を迎える部屋だとか。一人の貴族が手に入れられる置き時計には限りがあったようです。また、ナポレオンがこれまた革命後に安く時計やとかブロンズ工房に売りさばいたために、王立工房に時計の数がぐっと減って、皇帝の家族でも随分待たないと手に入れることはできなかったようですよ。

 

置き時計は、持ってる人のセンスと権力、社会的な地位を如実に表現するものでした。当時の時計は、ブロンズとイタリアから入る珍しい大理石のコンビが一般的で、美しさと趣味の良さがほどよく反映されていたそうです。ただし、一般市場で売られているものではなく、もちろん注文販売が基本。一般のパリ市民は教会の鐘のおとで時間を把握したり、街の中心地にかかる時計(温度や湿度も)で時間を認知していたのだそうです。

 

時計職人は、科学、天文学、物理学に造詣が深く、芸術にも才能のあるとても知的な職業でした。

当時、時計を作っていたのは、

ブレゲ、レベルト、レシャンピー、レロバン、レルポート、レボルティン、レボなどのアトリエ。

そのなかで、マリー・アントワネットの懐中時計を作ったブレゲは有名ですね。

 

また、外側は、初めて鋳型でブロンズのオブジェを作り、金メッキをかけることに成功するトミーという工房ができますが、この工房は、ナポレオン1世の時代のトップクラスのブロンズ職人でした。また、ラブリオという工房は、ナポレオンの妹のキャロリーヌ・ミュラのお好みだったそうです。

 

家具同様、置き時計も当時の王様の趣味を反映したスタイルで装飾されています。

 

マリー・アントワネットは、新古典主義の神話、遺跡、天使、などのモチーフがやはりお好みだったようです。

 

 

 

 

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:PARIS

 

革命によって溶かされたのは王室の装飾品ばかりではなかったようです。

 

パリ・サンタンヌ通りのサン・ルイ教会でルイ13世とルイ14世の心臓を守るように飾られていたジャン・バティスト・オディオの傑作である天使の像については、歴史的記念碑博物館の創立者、アレクサンドル・ルノワール氏などが命がけで守ろうとしましたが、結局はナポレオンの命によって溶かされて、

1806年に平和の再来を待ってルーヴル美術館のアントワーヌ・デニ・ショウデの注文によって,

オディオのアトリエで再現されました。

 

すべての王室の模範だったヴェルサイユのために作られた当時の最高の手工芸の数々。

こうしたものが現在、パリに残っていないのはすべてナポレオンの仕業です。

輝かかりしブルボン王朝の権力を象徴させるものはすべてナポレオンの命によって壊され、海外に放出されました。

王立工房で作られた家具にいたっては、2万点以上が競売にかけられてちりじりになったのだとか。

 

現在、フランスに18世紀のアンティークがほとんどなく、代わりに、アメリカのフリッツコレクションやイギリスのウォーレスコレクションにあるのはこうした理由があるからなのです。フランス・ヴェルサイユはいつの時代も人々の憧れ。その製品を手にいれることに誰もが躍起になるのですね。

 

革命によって150,000人以上もの貴族は国外亡命しました。すでに国内外で名を轟かしていたオディオの新たな顧客はイギリスに、そしてアメリカにいました。そして、王政復古とともに再びオディオ・ファミリーの時代がやってきたのだそうです。

 

もしかしたら自分自身もギロチンにかけられてしまうかもしれない恐怖のなかでデザイン画と銀細工に必要な道具を守り続けたオディオのおかげで、今なお私たちは当時、マリー・アントワネットが用いたであろうテーブルウエアや装飾品を見ることができるのです。

 

それにしても、オディオの製品の重厚さと美しさには目を奪われます。

そして、ひとつひとつの装飾品に使われている銀の重さは他の国のものと比較できないのです。

ブルボン王朝の昇華の片鱗は、フランスのアンティークや手工芸のなかに今尚その姿をとどめています。

 

http://www.odiot.com

 

 

 

 


アンティークの背景マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:PARIS

 

ルイ14世の宮廷で名が知られるようになってから、オディオのアトリエはサントノレ通りにショールームを構えるまでになりました。そして、その家族の大勢が金銀細工師という仕事につきました。当時のはほとんどが世襲制だったため、手に入れるのが難しいこの職業を手放すことは非常に残念なことだったのです。

 

1785年に父の後を継いでルイ16世の王室御用達となったジャン・バチスト・クロード・オディオは、一度は金銀細工という職業ではなく王のための陸軍に入隊しました。3人兄弟のなかでも最も見込みのある才能を持った彼が入隊するにあたっては父との摩擦や彼自身の葛藤があったようですが、それでも彼は試さずにいられなかったようです。

そんな彼を父のジャン・クロードは父親らしい寛大さで許したのだそう。。。

親の愛は偉大ですねえ。

 

しかしながら、2年半の月日のなかで、陸軍がどれほど大変で自分に向いていないということを実感した彼は

すでに60歳になっていた父の後を継いで金銀細工師としてアトリエを継ぐことにしました。

 

ここに、新古典主義の銘品を生み出す金銀細工師、オルフェヴルリー・オディオが誕生したのです。

しかしながら時は確実に革命へと向かっていました。

 

 1789年9月22日から1790年7月31日までに溶かされた貨幣は54800,59kg、王室の銀の装飾品は189kg!

食器に関しては王室内から姿を消したのだそうです。

 

この溶かされた銀細工に関しては、は当時のパリ新聞の293号で48ページに渡ってリストアップされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アンティークのイベント開幕です@パリ

JUGEMテーマ:PARIS

 

プティ・セナクルのアンティーク鑑定基礎コース前期のクラスも一昨日無事に終えました。

昨年の後期から受講し、1年でアンティークの見方を一通り学んで、一層アンティークに興味が湧いた方もいらっしゃるはず。

 

日頃から西洋アンティークの理解を深めるためには、

日本の骨董はもちろん時空を超えたアートや現代の美しい工芸品を見るのが肝心とお話ししています。

 

 

日本だと、東京ビックサイトのアンティーク祭とか、今、大阪で開幕中の阪急梅田の「美しき時代展」とか。

今、パリに行くなら絶対に抑えたいのが、アートとアンティーク。ヨーロッパの工芸の逸品が展示される

2年に一度のビエンナーレです。

 

こちら、グランパレで16日に開幕。また、これに向けてクリニャンクールのマルシェ・セルペットでも16日の夜はすべてのスタンドがオープンするのだそうです。メゾン・キャビアリというキャビアの専門店やユーゴ・デノワイエというチョコレートショップも臨時スタンドをオープンするそうですよ。ワクワク。

 

また、3日からのデザインウイークに向けて

パリでは「メゾン&オブジェ」が開幕されます。これに合わせてパリ中のインテリアショップが賑わいます。

 

ワクワクですね!

パリにいらっしゃる方はどうぞ。そうでない方は、どうぞ、プティ・セナクルに遊ぶにきてください!(笑)

 

 

 

 

 

 

 


アンティークの背景 マリー・アントワネット編

JUGEMテーマ:PARIS

 

ジャン・バティスト・ガスパール・オディオの刻印は、JBOのイニシャルフランス王室の御用達を意味する百合の花、そして王冠が組み合わさったものです。

しかしながら、ルイ14世の時代の悲劇は、王があまりにも戦争が好きだったために、ついにはたくさんの銀製品を溶かしてそれを戦争のための資金にしなくてはならなかったことです。

ルイ14世の時代にヴェルサイユでは、純銀の家具などもつくられていましたが、これらはすべて溶かされるか、海外に売られました。

わたしはまだ、パリに住んでいた若かりし頃、TABLE DE ROYALE D VERSAILLESという素晴らしいテーブルアートの展覧会があヴェルサイユでありましたが、この時に展示されていたシルバーのタンスはなんとスウェーデン王室から借りてきたものでした。

また、ヴェルサイユの鏡の間には、ルイ14世がジェノヴェの法王に彼のすばらしいシルバーウエアを見せているギ・アレ作の絵がかかっています。この時代のゲリドンと呼ばれる腕付きの床置き燭台は、3メートル近くありそこに8か9のろうそくが立っていたそうです。想像しただけで豪華なものですね。

 

また、まだヴァンセーヌ焼きもセーヴル焼きもなかったこの時代の重鎮を迎え入れる皿は、すべて純銀製でした。こうした製品をアンヌ時代のオディオは作り続けていたのです。

 


calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
Petit CENACLE
「プティ・セナクル」「石澤季里アンティーク・エデュケーション」では毎回その道の専門家を迎え、経験豊かで探究心旺盛な都会の大人たちの欲求を満たす、個性溢れるカルチャーサロンを主催しています。
www.antiqueeducation.com
プティ・セナクルの旅カルチャーコース

2016/11/19〜11/26
旅して学ぶ貴族の暮らし「パリ、ヴェルサイユ、ロワール地方で18世紀のシャトーライフを体験 マリー・アントワネットの幸せ人生を辿る旅」の詳細はこちら


プティ・セナクルの本
2012年6月8日発売

「これから愉しむアンティーク ヴィクトリア朝」(メディアパル) 監修:プティ・セナクル/蜷川浩史・石澤季里・大原千晴・木本玲子・中島正晴、文:植田裕子/石澤季里
プティ・セナクルへのリンク
selected entries
categories
archives
recommend
パリ&パリから行く アンティーク・マーケット散歩 (FIGARO BOOKS)
パリ&パリから行く アンティーク・マーケット散歩 (FIGARO BOOKS) (JUGEMレビュー »)
石澤季里
2012年6月発売

掘り出し物に出合えるマーケットや蚤の市はヨーロッパ旅行の大きな醍醐味。せっかくパリまで行くのなら、近郊の個性派マーケットもめぐってみよう。定番のクリニャンクールからブルゴーニュのアットホームな大市、さらにブリュッセルやアムステルダムのマーケットも。
街歩きを楽しみたいアンティーク・ストリートも厳選して紹介。
recommend
これから愉しむアンティーク ヴィクトリア朝―なぜ生まれ、どう使われてきたのか (-)
これから愉しむアンティーク ヴィクトリア朝―なぜ生まれ、どう使われてきたのか (-) (JUGEMレビュー »)
植田 裕子,石澤 季里,プティセナクル
2012年6月発売

監修:プティ・セナクル/蜷川浩史・石澤季里・大原千晴・木本玲子・中島正晴
西洋アンティークのプロが語る、今ひそかにブームになっているわかりやすい入門書。ホームズやアリスがいたころのヴィクトリア朝の家具・食器・時計について全くの初心者の方でもわかりやすく、そして面白く解説した初めての本です。
recommend
パリ 魅惑のアンティーク (madame FIGARO BOOKS)
パリ 魅惑のアンティーク (madame FIGARO BOOKS) (JUGEMレビュー »)
石澤季里
2009年10月発売
大好きなパリの街で、自分だけの“とっておき”を見つけよう。あこがれのエルメス・ヴィンテージから、気軽に買えるキッチン用品や文房具、さらにアンティークなビストロやホテルまで、個性溢れる“古きよき物たち”に会いにいこう。全36ショップを紹介。
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
profile
links

PearlyBLOG



la note


ヨーロッパスローライフ −インテリア自由気儘空間−
search this site.
recent comment
recent trackback
sponsored links
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM