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  • 2017.02.20 Monday
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京都・恵比寿さん

JUGEMテーマ:京都

 

新春、京都に行ってまいりました。

 

ちょうど初恵比寿にあたり、お詣りにいってきました。

 

今年は金運、ざくっざくっです(笑)

 

白味噌仕立てのお雑煮からはじまり、季節のお刺身、ぐじ、そしておめでたい栗の入ったお赤飯。

やっぱり京料理はいいねえ。

それにくわえて今回は、

関原紫光さんという関原創作京人形や能装束を織る佐々木能衣装さんのアトリエを訪問しました。

関原さんのお人形はいまにも動きだしそうで、人間工学をきちんと勉強して作られた精巧なものでしたし、

また、すべて手仕事で織られる有職織物の素晴らしさを体験できる貴重な機会をなりました。

自分の仕事に信念をもって、自分を信じて進むという職人さんの姿勢には

とてもよいオーラと刺激をうけました。ありがたいことです。

 

大好きな祇園・ろはんのサバサンンドもたべれたし。

満足な旅となりました。

 

 

 

 


大阪阪急梅田フランスフェア2016

JUGEMテーマ:グルメ

3年前、パリ在中の友人二人に誘われて、久しぶりに仕事まったく抜きのバカンスをとりました。
場所は、タパス、バールで今、話題のスペイン・バスク地方のサンセバスチャン。
友人のガイドで廻る旅は、本当にリラックスできて充実していて、美味しくて、楽しかった〜。

フランス南西部のバスク地方、サンジャンドリュスは、フランス一のお金持ちが集まる別荘地として有名。そして、海は、フランスで唯一サーフィンが楽しめる場所で、コンクールもあります。
そんなオシャレなフレンチ・バスクとは反対に、スペイン・バスクは19世紀後半から20世紀前半に華やいだリゾート。
街は静かで清潔でもともとのお金持ちが多いし、その時代の豪華な建物が多い割には
落ちついてしっとりしています。

そんな街で。食べて飲んで、ちょっと観光、そして午後はスパで泳いでまたバールに繰り出す。夜は夜で、毎日花火コンクールがある。そんな生活を1週間ほどしたら、心からリフレッシュしたのを覚えています。

バスクといえば生ハム。そして、チャコリという発泡性ワイン。そして、エスパドリューに100年使ってもへっちゃらな布製品。今回はこんな名産品の他に、星付きレストランやインゲン豆と鴨の料理、カスレの名店が大阪阪急梅田に集合するのですって!

なんと!
3・9からですが、わたしは11日午後に数回お話と会場訪問をお手伝いします。
この日に大阪にいたら、ぜひ、遊びにきてください。

それにしても、楽しみね。わたしも今回は、ちょっと時間をみつけてピンチョス食べちゃおっと!
http://www.hankyu-dept.co.jp/honten/h/francefair2016/index.html


 

2015年修学旅行日記最終章

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

ジェノヴァを発つ最終日、私たちは、朝から海洋学で有名なグリマルディ家の水族館に行きました。
有名建築家レンゾー・ピアノが作った水族館は、地中海の魚以外にもたくさんの魚がいてとてもきれい。




その後、もともとはグリマルディ家のパラッゾで、19世紀に美術館になったパラッゾ・ロッソ、パラッゾ・ビアンコ、赤と白の宮殿を訪れました。この二つは、プロの画家として活動するジジが大好きなファインアートミュージアムで、有名画家が描いた家族の肖像画やフランドル派の画家が季節の移り変わりを描いた1〜12月と名付けられたコレクションが所有されています。
ラフという大きな襟は、足下から入って来たペストなどの菌が口から体内に入るのを防ぐ為に身につけられたという新たな説を聴いて、なんだか納得しました。


天井高がたっぷりある広々とした宮殿のなかで、ゆっくりのんびり絵画鑑賞ができる贅沢な時間。
日本にいると、案外、雑用に追われていて芸術を堪能するというより、美術展をとりあえず「押さえに行く」といった感じ。
わたしだけでなく、たぶん、皆さんにも経験あるとおもいます。

リグリア地方の町は、海から山に向かって行く斜面に町が形成されている様子が、この美術館の屋上からみるとよく解ります。
近くの教会は、第二次大戦で爆撃したにもかかわらず、落とされた爆弾が爆破しないでそのまま残っているのだとか。
あそこも、ここも見たいとこばかりですが、時間も決められているし全部は無理。次回にとっておこうと。



これまた、地元民しかしらないようなちっちゃな食堂をジジが予約しておいてくれたおかげで
生麺のジェノヴェーゼソース、それから、バラクーダと呼ばれる魚を初めて食べました。
かますに似た魚でとても美味しかったです。




空港に向かう途中、1780年からあるお菓子屋さん「PIETRO POMANENGO」へ。
ここはミントの飴やドラジェ、チョコレートなどのラッピングがとても可愛かったです。
わたしは、CHOCOLATE  SANTEという健康チョコを買いましたが、どうも、ミルクの代わりに豆乳をもちいているようです。
おみやげもたっぷり購入し、とっても充実した気持ちでパリ経由で成田へ。

ジジや参加した皆さんのお陰で、とてもよい修学旅行となりました。
私自身、益々、アール・デコ時代やジャン・コクトー、そして、ジェノヴァについてもっともっと勉強したくなりました。
参加したみなさんも、この修学旅行をきっかけに、新たな研究、そして興味の対象を見つけていてくれるといいな。
そんな思いを胸に、また次回の旅を企画していきたいとおもいます。




 

2015年修学旅行日記vol.12

JUGEMテーマ:グルメ

ジェノヴァ名物といえば、
ジェノヴェーゼ。なんとしても、バジルと松の実とオリーブオイルのこのソースを試さなくては!
ジェノヴァの夜は、もともと食材店として用いられていた場所をレストランにした SOHOという魚料理の店を選びました。
大きな通りをちょっと入ると、そこは細くて入り組んだ路地の旧市街に。
途中には、娼婦が立っていたり、日本女性だけだとちょっと怖い雰囲気。でも、そこはジジがいるからちょっと安心です。
ありがとー。

でも信心深いカトリックの国、イタリアだけあって
通りの角という角にはマリア像が掲げられている。
まあ、こんな場所だからよほどのことがない限り危害をくわえられることはないでしょう。
でも、団体の場合はスリなど、特に気をつけたほうがいいね。


そうして辿り着いたSOHOでは、まず、流暢な日本語で語りかけるデンマーク人の観光客のおじさんに遭遇しました。なんでも、奥さんは日本人だそうな。でも、おじさんのほうがよほど日本人ぽかった??

また、隣に座った人美男子に、ジジさんが大興奮!
「自分でもハンサムだと解っているはずだから、話しかけましょ」と。。。
「失礼。貴方、ルネッサンス時代の肖像画のようにハンサムね」と話しかけると「ありがとう。こちらは私のワイフですが、つい最近、新婚旅行で日本に行ったのですよ。金沢では兼六園も行きました!」これには、金沢から参加の宮本さんも大喜び。
マダムたちの旅は、こんなハプニングも楽しみです。




ニョッキのジェノヴェーゼも美味しかったし、オレンジのリゾットも絶品。また、その昔、南米からスペイン経由でヨーロッパにもたらされたカカオを用いたチョコレートも美味しかったです。コロンブスはここジェノヴァから旅立ち、アメリカ大陸を見つけたんですものね。

こうして、ジェノヴァの夜は穏やかにふけていくのでした。


2015年修学旅行日記vol.11

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

女性はやっぱり買物が好き・・・。昔の修学旅行は、美術館にレクチャーにとお勉強ばかりしていて、ショッピングの時間がまったくありませんでした。そのせいか、帰りのパリ空港で爆買してしまったという苦情(?)を聴いてから、蚤の市散策やおみやげを購入する時間をとることに。これが案外好評なのです。

マントンから車で15分。今、アフリカからの移民問題で話題になっているイタリアのヴァンティミリア。毎週金曜日、この海沿いの町に1キロ半も並ぶ、革製品のマルシェに行きました。予想を以上のお洒落で安価な製品にみなさんのアドレナリンも沸点に達したようです。皆さん、この夏重宝しそうなおみやげを爆買。「今回は、安くてよい買物ができて、両替したお金が余って余って」といううれしい声もきけて、ほっと一息。

ジジが探しておいてくれたトラットリアでランチを。この頃になると、食前のレモンを搾った水をオーダーするのも日常的になってきました。お陰で皆さんとても元気です。オルガナイザーとしてはこれも大事なこと。


シューズショップも多いヴァンティミリアに後ろ髪ひかれながら、そろそろジェノヴァに向かって出発です。
それにしても、イタリア人の運転のマナーの悪さにヒヤヒヤ。
ウインカーを出さずに右に寄ったり左に寄ったり。よく事故にならないな。
ジジも前、このルートでフランスからナポリに車で行ったとき、とても疲れたと言ってました。
納得です。

ジェノヴァの町は、15~16世紀、ヴェニスと同様に貿易で大いに栄えた場所です。目抜き通りのガリヴァルディには、貿易で財を成したお金持ちのパラッゾがあって、その立派で豪華な様子には目を見張ります。
モナコ王室の許可を得られなかった「グレース・オブ・モナコ」の王室の内部も、このガリヴァルディ通りのパラッゾで撮影されたのだそうです。ちなみに、ジェノヴァの領主はモナコ王室と同じガリヴァルディ家。リグリア地方で猛威をふるったファミリーです。ガリヴァルディ通りのなかほどに、素敵なアンティークショップを発見。すばらしいタッセルや18世紀のフランス絵画を扱う店で、お洒落なリモージュ焼きを発見した方々がうれしそうにショッピングしていた様子が想い出に残ります。


 

2015年修学旅行日記vol.10

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

カジュアルから高級、外食からお家ご飯まで、美味しいものにこだわるは旅の醍醐味と思っています。
そのため、自分の経験と信頼できる舌を持つ人たちからの情報をくまなく得て、食事に関してはこだわるのがプティ・セナクルの旅です。

今回は、デンマーク・ノマに代表されるガストロノミックレストランのランクづけ
サンペリグリノの世界ランキング11位にある
マントン・ミラズールで食事しました。


フランスで最も古いアボカドの木とオレガノ、ミント、ローズマリーといったハーブが咲き誇る
フランスの国境の一歩(本当に1歩!)手前に位置するのがこのミラズールです。
レストランの大きな窓からは
モナコ、マントン、そしてイタリア側のヴァンティミリアが見渡させます。
その絶景を眺めながら、南仏ならではの食材を最も美味しい方法で調理しているのが
このミラズールのシェフ、マウロ・コラブレコの料理です。



ロワール・アトランティックのホテル学校を卒業後、ブルゴーニュのソーリュやパリのグラン・ヴェフールで修業したシェフ。
2005年にミラズールをオープンしてからはその知名度がどんどん世界に知れ渡り、
今ではアルゼンチン、中国として、昨今はパリにも支店をオープンしています。



わたしたちのテーブルだからなのか、テーブルの中央には日本の禅庭を思わせる、流木と苔のデコレーションがなされ、
自然の石、スレートなどを皿に美しく繊細な料理が次々に供されました。
なんだかとっても驚きに満ち溢れていて洗練されている。
シンプルで知的というのが、ここ最近のガストロノミック料理の傾向である事がはっきり表現されています。

お店で販売しているマントンのレモンとジンジャーのオリーブオイルもとっても美味しかったです。

記憶に残る、すてきなレストランでした。

ミラズール
http://www.maurocolagreco.mufumo.com/wp/?page_id=28

 

2015年修学旅行日記vol.9

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

旅も終盤にさしかかる5日目。朝からイタリアの小さな村を訪れました。
通常の観光旅行では決して訪れることがない、土地の人だけが知る場所を訪れる事ができるのも案内役をかってでてくれたジジのお陰。プティ・セナクルならではの旅の魅力でもあります。



デュ・ラ・ネリスの谷の中世の要塞のなかに築かれた町、アクア・ドルチェ。ここは、印象派のモネが描いたことでも知られる風光明媚な土地です。
それと同時に、このセッポ山にはかつて好色な侯爵が住んでいて、若いバージンの女性の純潔を奪う事を楽しみにしていたのだとか。
彼は、いやがるROSSESSEを城の塔に閉じ込めて彼女が納得するまで懇々とアプローチを続けたのだとか。
悲しみと失望に命を落としたROSSESSEにちなんだ赤ワインがこの地の名産品になったのはそのせいなのだそうです。


ここでは、珍しい4D映画をみました。
わたしたちだけのために、この土地の四季折々の風景や風習を日本語で説明しながら、冬には北風、春には花の香り、夏には川の音、等々、映画館にいながら、その感覚を実際肌で感じられる五感に訴える映画は初めての体験でした。

そこから再びバスで山道を登ること40分。
標高700mのBaiardoでは、絶景を見渡しながらイタリアの田舎料理を堪能しました。
また、19世紀の地震で崩れた教会の跡では、ミサで集まって命を落とした人々の哀しい思いが渦巻いていたような気がしました。


植物研究家のガイドさんとともに、山歩きを楽しんだのもまたとない経験です。
レンゲやマーガレット、香り高い野性の蘭、聖ヨハネの百合、なでしこ、ばら、ピンクのゼラニウム、それから薬として用いる事もできるカンパネラやカラー、フィツテウスなど、珍しい花々に何度も驚き感動しました。
ラベンダーはじめ、夕食後のハーブティーのために摘み取ったハーブもとてもいい香りで美味しかったです。

向いの山、トリオラには、中世の時代、薬草を用いて様々な病気を治す魔女がいたことでも有名な村があったそうです。
機会があったら訪れてみたいな。
そんな神秘的な思いにもかられた一日でした。



 

2015年修学旅行日記vol.7


JUGEMテーマ:ヨーロッパ

今回の旅のメインイベントは、イギリス貴族、レディ・キャロリーヌことマダム・ハンバーリーのお宅でのティーパーティ。1967年にハンバーリー家に嫁ぎ、1993年に義祖母のドロシーに変わってこの巨大なボタニカルガーデンを保持している女性です。
事前にお庭が18ヘクタールあるという情報を入手した私たちは、カジュル・ハンサムというのでしょうか。カジュアルながらもちょっとお洒落をし、足下はばっちりぺたんこシューズで参上いたしました。イギリス人はフランス人よりはドレスダウンしていることが多いそうなので、かちかちのフォーマルはこのパーティにはそぐわないんだそうす。
ここは、薬屋の息子として誕生したサー・トーマス・ハンバーリーが、1853年に父から120万円の借金を資本に中国に渡り、シルクと紅茶の貿易、そして、シャンパンの輸入で成した財によって購入した土地に作られた庭です。



辛亥革命勃発後、唯一の外国人で議会のメンバーにまでなった彼は、かの地で巨額な富を築き上げました。しかし、絶対平和主義のクエーカー教徒だった彼は、英国に戻ることより、1862年にぜんそくの治療のために初めて訪れたフランスとイタリアの国境の地、ラ・モルトラ岬の小島のようなこの地に移り住むことを好みました。そして、1867年に10エーカーの土地を所有した土地を広げ、5年間に49エーカーを所有しました。そのなかには、オランゴ、グランデ、ランテリの3家族によって築かれたパラッゾも含まれていました。
彼は1875年からここに暮らしはじめ、40人の庭師を雇って、兄のダニエルと何人かの植物学者とともに庭を管理しはじめました。
もとより庭や植物に情熱を燃やす英国人らしく、かれらはアジアの亜熱帯地方やカリフォルニアといった世界中の植物をプラントハンターから購入し、この土地で栽培、紹介することに専念しました。そして、この庭園は、1893年、年間4000人のビジターが訪れるボタニカルガーデンにまで発展したのです。訪問客のなかには、ここを3度訪れた英国のビクトリア女王もいました。また、キューガーデンの館長もここを訪れ、「訪れるべき価値ある庭」と太鼓判を押したそうです。




その後、医学的に、また、科学的に役立つ植物だけでなく、トーマスの義理の娘、ドロシーによって切り花にしても美しい花がたくさん加わりました。チューリップ、フリージア、アネモネ、また500種の百合まで。また、アカシア(ミモザ)のなかには、ハンバーリー家によって受粉されたものもあり、それらにはアカシア・ハンバーリーの名前が記されていました。

彼女と夫のセシルは15歳歳が離れていて、63で夫が亡くなってからも彼女は一人でこの地を守り続けたそうです。その後、1937年、庭園はイタリアのミッソリーに政権のメンバーによって占領され、1940年にはスペインのフランコ将軍の㊙の会合がわたしたちがお茶をいただいたテラスは開かれたのだとか。庭には地雷が埋められるようになり、第二次大戦中、ドロシーはイギリスに非難したそうです。しかし、彼女は1945年庭を守る為にここに戻り、すべてのジュエリーやイギリスに所有していた土地を売ったお金で庭をきれいにし、47年から再び庭園は一般公開されるようになりました。その後、モナコに近いマルタン岬にチャーチルが別荘を持った事によって庭には再びイギリス人が集まりはじめました。

レディ・キャロリーヌが夫と一緒に初めてここを訪れたときには、まだレディ・ドロシーがまだ健在だったそうですが、男勝りの女性で接するのがとても怖かったのだそうです。そして、まさかこの巨大な庭を所有するとは思いもしなかったのだそうです。

1882年の1/1、この庭には、232種の花が咲き誇っていたそうです。それほど、この土地が避寒地として有名で、肺の疾患には効果的な土地なのですね。
現在でも、年間365日のうち、340日晴れの天気に恵まれるという土地だけあってわたしたちも雨に見舞われる事はありませんでした。そして、植物の数は4000種類にまで膨らんだのだそうです。

庭園は迷路のように広々としていますが、起伏に富み、さまざまな植物が生息する庭は飽きる事がありません。また、映画「グレース・オブ・モナコ」でグレースが一生懸命フランス語を学んだテラスからは180度
紺碧の海が見渡せ、イタリア側に日が昇り、フランス側に日が沈むのだそうです。
映画を見た感想を求めると「撮影のための下見に1週間、撮影に3日間、そして、フィルムに写ったのはたった2分だったわ!」と話すレディ・キャロリーヌですが、自らの庭やパラッゾ、家が映画のなかで登場したのはまんざらではないようです。
彼女の住む家は、グレースが信頼する神父の家として登場しています。


1997年にご主人を亡くしたレディ・キャロリーヌは、現在、息子のジョナサンと力を合わせて、このハンバーリーガーデンを守っています。
「家族の伝統と歴史を守る事は並大抵のことでないな」と、いつもながら貴族たちに課せられた様々なものの大きさと重さに感心するとともに、その心意気にエールを送りたいと思いました。


GIARDINI BOTANICI HUNBURY
www.giardinihanbury.com
 

2015年修学旅行日記VOL.6

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

もうひとつ、フェラ岬の穴場スポットが、私がこよなく愛するマルチ・アーティスト、ジャン・コクトーが1950〜63年まで年半分を過ごしていた「サント・ソスピース」荘。ソスピールとは、ほっと一息つくとかため息の意味。そう、この館は訪れる人を優しく包む「聖なるため息」の館なのです。

つい最近までは、ここにはオーナーだったマダム・フランシーヌ・ヴェズベレールが住んでいましたが、彼女が亡くなってからは、娘のキャロルさんによって予約制で公開されるようになりました。彼女がコクトーについて書いた本「ムッシュ−・コクトー」(東京創元社)はとても面白いので是非お勧めです。

わたしは、25年程前、偶然、フェラ岬を取材して歩いていたときにここを見つけ、たまたま仕事していた庭師の方のご好意で雑誌「シュプール」のために撮影したことがあります。そのとき、最も感動したのがフランシーヌさんの寝室の絵画。寝室へ誘う階段には眠りを誘う芥子(アヘン)の花が描かれ、コクトーの創造力の豊かさに圧倒された想い出があります。

コクトーがカルティエの3連指輪をデザインしたことは有名ですが、これは若き愛人レーモン・ラデュゲとの婚約指輪としてデザインされました。でも、ラデュゲがシャネルとコクトーの当時のパトロン、ミシア・セールに看取られながら腸チフスで亡くなり、そのときは3連指輪が作られることはなかったそうです。この指輪は、ロシア正教の三位一体を表し、もとになるデザインはロシアにあったのだとか。ロシアバレーとも所縁の深いコクトーは、どこかでそれを見た事があるのかもしれませんね。
そして、50年代になってから、コクトーと彼の最後の愛人で養子でもあったドゥドゥことエドワード・デルミッド、そしてフランシーヌさんは三角関係を表現してカルティエの三連指輪が作られ、この3人の指にはその指輪が輝くようになったのです。

フランシーヌ・ヴェズベレーとコクトーの出合いは1949年に遡ります。当時、彼女の夫のアレックの従妹、ニコル・ステファンことニコル・ド・ロスチャイルドは、コクトーの映画「恐るべき子供たち」のヒロイン、ベトリスを演じていました。そうした経緯で、映画監督のジャン・ピエール・メルヴィユが最後の場面を撮影する大きな邸を探しているのに、アレク・ヴェズベレー氏がパリ・アメリカ広場の大邸宅を提供したのです。また、この映画のヒーローは、ドゥドゥが演じました。


コクトーは、青い目のブロンドで18世紀的なフランシーヌのエレガントな物腰にすっかり心を奪われたそうです。そして、1950年に初めてフェラ岬のサント・ソスピールに招かれ滞在することになります。コクトーとドゥドゥは最初の1週間で何もすることがない事に飽き飽きし、フランシーヌの許可を得て、別荘の壁に昔のフレスコ画の技法で絵を描きはじめました。
そして、1年弱で、家中の壁が入れ墨を入れたようにコクトーの絵で埋め尽くされたのだそうです。




その後もコクトーはこの場所を愛し、フェラ岬からほど近いヴィルフランシュの教会の内装も、また、マントンの区役所の内装もすべてここから通って描きました。そして年の半分はここに暮らし、13年もの月日を費やしました。ここには、彼の友人、ピカソやマチス、ビュッフェやプーランク、そしてアガ・カーン王子やピエール・カルダンなどなど、多くの有名人が訪れ、南仏の社交場となりました。また、彼らは同様にパリの合衆国広場の大邸宅にも集ったそうです。その様子を、現在、バカラ美術館になっているマリー・ロール・ド・ノワイエは苦々しい想いで見守ったそうです。なぜかといえば、それより前は彼女がパリ社交界のサロンの女主人でありコクトーのパトロンだったから。彼女は、その椅子をフランシーヌに奪われたことに嫉妬したのですって。
コクトーは、才能がありながらもいつもお金に苦労していて、常にパトロンを必要としていました。
彼自身はとても紳士で気が弱く、あんなに素敵なのにも関わらず、自分の容姿に全く自信がなかったのだそうです。

「ピカソは流行よりも早く走り、あらゆる社会の扉を開いていく。僕にはその才能がないから、閉じた扉に描くしかないんだ」といって、彼はサント・ソスピールの扉に絵を描いたのだそうですよ・・・。

それにしても、改めて訪れてみて静かで海が見渡せて本当に気持ちのよい別荘でした。コクトーが生きた時代にここを訪れたかったな。できれば、彼やドゥドゥ、また、彼の仲間達の会話を同じ輪のなかで聴いてみたかった。そんな感情が芽生えました。

 

2015年修学旅行日記VOL.5

JUGEMテーマ:フランス

3日目の朝、私たちはニースを後にし、私たちの貸切バスでかつてベルギー王家の人々に愛されたフェラ岬を目指しました。現在も多くのお金持ちに愛されている別荘地です。

ここには、ロスチャイルド家の別荘が2軒あります。ひとつは、ヴィラ・エフルシ・ド・ロスチャイルド。もうひとつが、エフリシ氏の姪が嫁いだテオドール・レイナッヒ氏のヴィラ・ケリロスです。

アルフォンス・ド・ロスチャイルドの娘であるベアトリスは、1866年生まれで、オデッサの麦の輸入と銀行家として栄えたモーリス・エフリッシと17歳で結婚し、1905年にフェラの岬の7ヘクタールの土地を手に入れます。彼女は30人の庭師を雇い、彼らに赤いポンポンのついた海軍のヨット帽を被らせてここを当時の豪華客船、イル・ド・フランス号から見渡すような庭を作らせます。フィレンツエ風、スペイン風、フランス風、エキゾティック風、日本風、プロヴァンス風、日本風、蒼い庭、そしてバラ園と、9つの庭からなる庭からは360度の海が見渡せます。

夫人は、他の外国人同様、18世紀のヴェルサイユ宮殿に心を奪われていました。そして、18世紀の家具やフラゴナール、ブーシェといった宮廷画家の絵画をコレクションしていました。そのなかには、実際にマリー・アントワネットが使っていた家具もあります。また、フランスの国家的なタペストリー工房サヴォニエのタペストリーも含まれています。

それだけでなく、ヴァンセーヌ窯、セーヴル窯、マイセン窯のコレクション、猿の部屋など、見応えあるコレクションが邸宅のいたるところに飾られているのです。

シャネルがコレクションしたことで知られているインドのコロマンデルの屏風や東洋趣味な要素も見て取れる、当時の豪奢な贅沢が満喫できるヴィラは、ゆっくり楽しむにはぴったりの邸宅です。
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残念ながら夫に先立たれたベアトリスは、70歳でこの邸宅をアカデミー・ボザールに依頼し、1934年から運営はアカデミーが担っています。

ピンクが大好きだったベアトリスの趣味で邸宅はいたるところがピンク。また、彼女自身も常にピンク色のドレスを身につけていたのだそうです。

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